八ツ田和夫、白球からラグビーボールへ

八ツ田和夫は秋田県出身の25歳、AB型です。
幼い頃からスポーツに親しみ、中でも野球を特に愛していました。野球好きの父の影響もあって小学生の頃から少年野球団に所属し、遊びはというと野球ばかりやっているような少年時代でした。
八ツ田和夫は所属するチームでショートを守っていました。彼は動きがすばしっこく、特に守備に絶対の自信を持っていました。どんなに厳しいゴロがきても、右に左に駆けまわり、決して外野には抜かせはしない、そんなモットーの上で誇りを持って遊撃手のポジションを守っていました。
バッティングの方はというと、長打を狙うようなパワーヒッターではなかったものの、前に転がしたなら果敢に内野安打やセーフティーバントさえも狙っていく、そんな足を活かしたプレーが得意でした。
八ツ田和夫はチームメイト、監督からの人望もありチームではキャプテンを務めたこともあります。グラウンドで大きな声を出し、士気を高めチームを統率する、そんな少年でした。
夢はプロ野球選手になることで、観客からの声援を浴びてスタジアムに立つ、そんな姿を想像するのが毎日の日課でした。テレビで野球中継のヒーローインタビューを見ては、こっそりとサインの練習をしたりもしました。

八ツ田和夫は中学生になっても野球を続け、地区大会ではMVPに選ばれることもあるほどでした。高校生になると、野球を続けるものだと本人も周りも思っていました。しかしながら彼が入ったのはなんと、野球部ではなくラグビー部でした。
進学した高校のラグビー部は人数が足りなく、廃部寸前の部活でした。彼の足の速さに目をつけたラグビー部の上級生は八ツ田和夫を必死に説得し、その熱意に打たれ、彼はラグビー部への入部を決意しました。
はじめこそ違う形状のボールに戸惑ったりもしたものの、彼は持ち前の運動神経を最大限発揮し、数多くのトライを決め、チームにとってなくてならない存在になっていきました。
野球においてショートを守っていた時とはまた違う、遊撃手という限られた範囲ではなく、コート中を縦横無尽に駆け抜けるラグビーにどっぷりとはまっていきました。
トライを決めるだけではなく、タックルのパワーを強めるために筋力トレーニングもかかさず、強靭な体つきも手にしました。
八ツ田和夫にとって、野球チームで追いかけた白球も、コート中を駆け抜けながら追いかけたラグビーボールも、そしてそれぞれのチームで出会った多くの仲間達も、すべてがかけがえのない存在です。

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